日曜の連載39

2020年8月2日 /

 この札幌すすきのの夢のような建築を担当したのが万吉であった。彼は他にも夢のような経験をした。
 時計台前の札幌ラーメン、美味かった。狸小路で捥ぎたてのとうもろこしを、立てた状態で蒸していて、美味かった。北海道大学前の畑のアスパラをバターで焼いて頂いて、美味かった。アサヒビール園のラムしゃぶ、美味かった。札幌ビール園の庭園でドラえもんのかまくらでジンギスカンを頂いて、美味かった。しかし背中が痛いほど寒かった。寒い思い出の決定版は、水の入った大きなバケツに雪を入れてシャーベット状にする。次にゴム手袋をはめた手ですくって、氷のかたまりを作る。すぐに指先に感覚がなくなった。それを削って雪像をつくった。雪像は雪まつりの会場の一角で展示された。建設会社の毎年のイベントのようで、この年は万吉がデザインした。万吉は少々スキーに心得があった。札幌国際スキー場では、「下手くそ」と言われていた現場監督がリズムよくコブを超えて滑った。万吉は声を無くした。そして夜のすすきののカラオケの定番は、中島みゆきの「時代」と松山千春の「銀の雨」。万吉にも、ささやかなバブルが訪れていた。
追記:スキーが下手くそと言われていた現場所長はこの数年後に他界した。熱心に築間建築をつくってくれた良き理解者であり、万吉にとって数少ない友であった。万吉は、ひたすら冥福を祈った。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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