日曜の連載42

2020年8月30日 /

 築間先生はエジプトに飛び、本物のピラミットの洗礼を受け、帰国早々プレゼンテーションを行なった。大きな模型を車に積んでの里帰りである。当時の交通事情は飛散であった。中国自動車道の三次から日本海を目指した。江の川を降り途中から支流に沿って三瓶山を目指す。途中、後の世界遺産の石見銀山を横切ると日本海が眼下に広がる。道中の殆どが土道であった。因に現在、九割方は舗装され、更に道幅も拡張されている。恐らく以前に比べると、半分ぐらいに時間短縮されただろう。
 提案は明解で、施設の殆どを地中に埋め、地上には5基の硝子のピラミットと砂時計である。この時の先生のコメントは「町のシンボルは砂時計です。ピラミットを硝子でつくって町の人たちに何時でも砂時計が見えるようにしましょう。」であった。プロジェクト名はZEUS。ギリシャ神話の最高の神の名をどのように理解すればいいのか、意味もわからずに「良いですね」と皆が言った。そして提案は全く変更なく実施設計に移った。
 万吉は実施設計の殆どを予算調整に費やした。民間では、会社の社長が了解すれば金は出る。しかし公共事業は、議会の承認が必要で、たとえ町長が許可をだしても、議会が納得しなければ駄目になる。更に説明が面倒。当時はバブルの真っ只中。職人の日当はうなぎ登り。公共事業の単価と民間のそれとは倍ほどの開きがあった。ゼネコンの営業部隊の仕事は仕事を取ることではなく、寧ろ断る事であった。しかしこの和泉町長に運が付いていたのか、築間先生に出雲の神が宿ったのかは定かでないが、色々と「貰えた」のだ。硝子、石、木、寄付金等々。当時、職人の手間は安くならないが、メーカーはバブルで儲けていたので、材料を援助して貰えた。
 宝くじ協会へ寄付金のお願いに行った。町長は東京駅で宝くじを買った。宝くじの寄付金担当者から「売り上げのワーストワンは島根県ですよ」と指摘される。すかさず「島根県人は都会の1等が良く出る店で買うのです」と先程買った宝くじの束を机に積んだ。交渉は成立した。
 入札も初体験である。億という数字を紙に書く。0(ゼロ)一コ間違えるとえらいことだ。などと緊迫した空気の中で考えていた。結果落札せず、話し合いに持ち込まれた。公共事業の単価では赤字になるのだ。広島で交渉を行なう。昔、暴力団事務所に連れ込まれた時を思い出した。平政課長は「私たちは善い事を行なっているのです。命まで取られる事はありません」と堂々とした態度をとる。この平政課長は後に県議会議員となる。交渉は延々と続いた。数時間後、1本の電話が会議の場に廻されてきた。ゼネコン次長がそれを取り、背筋を伸ばして「解りました」と答え、電話の主に一礼した。万吉は電話の主を知っていた。交渉は成立した。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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