日曜の連載9

2019年7月14日 /

 模型製作は万吉だけではなく、2人の共同作業であった。パートナーは福井工業大学の松井君だ。築間先生の教え子で万吉と同じ3回生。彼は硬石膏を持ってきた。歯医者さんが歯形をつくる材料で、掛り付けの歯科医院から無理をいって譲ってもらったそうだ。この材料で粘土模型を石膏像にするつもりらしい。「石膏像は得意なのですか。」と万吉が聞くと、驚いたことに「石膏像は初めてです。」と返答があった。油粘土の模型は彼が作ったものではないのに、それを石膏像にするとは、なんと大胆な、と万吉は思った。石膏像の製作工程を説明すると、まずは油粘土で像を製作する。この像と同じものが石膏として最後の完成品になる。次に粘土像に10ミリ×4〜50ミリの極薄の竹の板を突き刺す。これを何枚もつなげて像をほぼ半分にする。後半に石膏を流し込む位置にも、板を差し込んでおく。この作業で粘土像には、極薄の竹の板が連続してぐるっと一周突き刺された、手術中のような出で立ちになる。2つに分けるときの注意点は粘土を取り出し易くすることだ。そして水で薄く溶いだ石膏を粘土像に、先の細い筆を用いて塗る。薄い石膏を塗る理由は、像の細かな細工部分に気泡が残らないようにするためだ。さらに作業が細かいので固まる時間を稼ぐためでもある。水溶き石膏の濃さは、3段階ぐらいで徐々に濃くして筆も太くして、像の大きさにもよるが、20ミリから25ミリぐらいまで塗り重ねていく。石膏が固まる時に熱が発生する。先ほどの竹の板は、この熱で溶けないようにだ。ナイロンだと溶けるので、セルロイドの板を使うこともあった。こうして型を作って、竹の板を抜き取り、型を半分に割って、中の油粘土を崩しながら丁寧に取り除く。ここで元の粘土の像は粘土の固まりとなる。型の内側に傷がつかないように綺麗に掃除をして、再び型を合わせる。合わせた型に穴を開ける。石膏を流し込む口だ。最初に竹の板で見当をつけておいた位置を円形にして広げる。この口は目立たない位置であり、作者の経験が問われるところだ。型ができると内部に石鹸水を流し込み、薄い膜を作る。石膏像と石膏の型が、剥がれ易くするためだ。このときの注意点は、石鹸水に気泡が出来ないこと。石鹸水が乾いたら石膏を流し込む。ここでも3段階ぐらいの濃さに、石膏を水で溶いで、薄いものから型を回しながら、隅々まで流し込む。乾燥には時間がかかる。万吉の経験では、これぐらいの大きさで1週間ぐらを見込んでいた。その後、型である石膏を割りながら丁寧に取り除き、いびつな箇所を修正する。これらの緻密で経験とセンスを必要とする作業を、初挑戦するものが成功するとは思えない。失敗すると同時に粘土像は原型を失って、やり直しは無い。松井君は驚くほどの自信家である。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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