日曜の連載15

2019年9月1日 /

 間もなく万吉はアメリカ文学を題材に選んだ。卒業制作は大学で学んだことの集大成だと先生方は言う。しかし、学んだことはさて置き、卒業制作をコンテストと位置付けて、取り組んでもいいのではないかと判断した。
 夏休みの間にスケッチを重ね、アイデアを増やし続けた。空間については、豪快な吹き抜けや、柱のない広がりなど、今までに好んで取り入れてきたダイナミックな提案を封印した。ひたすら断面を切り続けて横へ横へと空間をつなげた。一本の軸線に空間を層で重ねる。時には入れ子構造になったり、時には空間が交わったり離れたりを繰り返し、繋がっていく。おそらくヘミングウェーは、漁師なら普通にありそうなストーリーに人間の感情の複雑さと単純さを絡めて興味深い文学に仕上げた。小手先が大事だ。ディテールが大事だ。
 夏休み終了とともにアルバイトもひとまず卒業し、ヒゲを生やして卒業制作に集中した。デザインが全てまとまったわけではないが、ドローイングに取り掛かった。最後にデザインが変わるかもしれないが、コンセプトが変わるわけではないので、見切りスタートした。ドローイングの作業は、淡々と黙々と。作図が終わるとひたすら色鉛筆を削り、絵を描く。作業はデッサンのように見えるが、図である。
 このころようやく他の学生は、就職先を決めて卒業制作に取り掛かるようになった。万吉はと言うと、すでに模型を手掛けて仮組み段階に入っていたころである。
 提出1ヶ月前には模型も完成し、写真をゼミで発表。本来は秘密にする学生が多いのだが、あえて公開した。築間先生はその場に見えられなかったので、助手さんに写真を預けた。その晩、自宅に電話が掛かった。母親が電話に出て、築間先生からだと言う。何事だと緊張して受話器を持つといきなり「デザイン変更できるか」と切り出された。緊張していたので「はい」と答えた。外観のデザインがモダンになっている。わざわざその部分に注目されるのは本意ではないだろとのアドバイスだ。確かに模型の修正は大ごとだが、もっともな指摘なのでやるしかなかった。早速作業に取り掛かろうと階段を上がろうとした時、母親が「大学の先生がわざわざ電話してくれて、ありがたいね。」更に「筑間先生の声は俳優さんみたいやな。」と付け加えた。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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