日曜の連載18

2019年9月22日 /

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 万吉は大学卒業後の1年間、実家近くのバルブや継ぎ手、スプリンクラー等の建築設備を得意とする機械設計の会社にお世話になった。締め切りが近づくと徹夜もするし、実験室に数日缶詰になったり、建築設計事務所とほとんど変わりはない。建築との違いは、設計図を描くことを「図面をバラす」と言う。JIS規格で決められた寸法をもとに図面を描くのだが、それをもとに、金属のかたまりを旋盤で削って試作品をつくる。それをノギスで測って図面にバラす。これの繰り返しを何度も行うのだ。基本は「もの」で、これの複製をつくるために、大量生産するために図面がある。

 万吉は新人でありながら出張にも同行した。東京、広島、金沢、鳥取、九州等々、出張のたびに時間をつくって建築を見て廻った。広島出張で、設備屋のおやっさんが原爆資料館の話を切り出して「これよりもすごい建築が、東京の代々木にあるオリンピックの体育館だ。君らは知っているか。」と知らないだろと言わんばかりに問いかけてきた。機械設計技師の先輩方は知らなくて当然で、万吉も黙っていた。彼は得意げに「設計者は東京大学教授の丹下健三先生だよ。」と知っている知識を鼻高々に語った。話は全て丹下健三の建築だ。よほど好きなんだなと思いながら、万吉は建築の話を久しぶりに聞けて、心地よい時間を過ごした。広島では厳島神社で観光した。このころは近代建築以外に興味はなかったが、厳島神社の環境と配置計画の魅力にドップリはまった。万吉は、もみじ饅頭を食べ歩く先輩方から離れて、がむしゃらにスケッチをした。
 正月明けに社内の主任以上で伊勢神宮参拝に出かけた。バスをチャーターしての遠足気分だ。万吉は新人なので社内事情はよくわからなかったが、製品に不良品が出たので厄払いが目的だったようだ。更に社名が伊勢に因んでいることも、この時知った。万吉はお社(やしろ)をしみじみ眺めて「積み木だ」とボソッと言った。彼は木造の知識が全くないと言っていいのだが、この直感の言葉はまんざら外れていなかった。
 北海道の長期出張は楽しかった。当時はお酒の味も分からないし、美味しいものを食べ歩くお金もない。疲れを感じる年でもないので、仕事の後に毎晩ナイタースキー場に出かけた。最終日は休みを取って、みんなで札幌国際スキー場で滑った。随分と上手くなったように感じた。
 千葉に出張した。配管工事の途中視察だ。敷地の端が見えない大きな開発で、エキスポ70の大阪万博を思わせる工事現場だった。後にあのテーマパークだと知った。
 万吉は、工事現場の配管工事の検査や竣工物件の定期検査も行った。検査だけでなく時には、工事も行なった。配管のシールテープを1日に数百本巻いた事もある。また、現場の親方から現場の良し悪しを教わる。現場を掃除しろ。新しい材料をいつまでも放置していないか。残った材料に多い少ないの変化はないか。雨の後に水溜まりはないか。土に窪みがないか。とにかく観察しろ。危険を察知しろと教わった。少ない経験のなかで漠然としているが、現場に対して解ったことがある。「整理整頓された美しい現場は良い現場である。」後に築間先生からも同じ事を学ぶ。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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