万吉は、ギターの音を鼓膜に刻み、感動のステージの余韻に浸りながらコンサート会場を後にした。まだまだ語り明かしたかった音楽仲間の非難を背中に浴び、怒り狂う先輩の元に直行した。
下宿に帰るとリーダーの通称ソーラーコバに、あっけないほどさらっと迎えられ「あと少しだ頑張ってくれよ」と励ましの声をかけられた。ソーラーコバのソーラーとは、太陽熱利用のソーラーシステムのことだ。彼はソーラーシステムを積極的に取り入れた建築をデザインしていた。もっとも彼が自然環境保護に興味があったと言う話は聞いたことがない。因みに「エコ」という言葉が流行語となるのは、この頃から25年以上も先の事だ。
この様に色々なものを犠牲にして2ヶ月近い努力の末、作品は無事に提出された。ソーラーコバは、ソーラーシステムを取り入れたこの作品に「ソーラーハウス」と名付けた。ソーラーハウスは「上位に選ばれ公開審査の対象となった。この頃の作品は提出から採点が終わるまで非公開が通例である。卒業設計も非公開で採点された。しかしこの合同課題は当時まだ珍しい公開審査方式で行われた。予備審査の後、上位5作品程度の設計者が設計コンセプトなどを自ら説明し、審査員の質問に答える。審査員は公開で採点と講評を行う。後に当たり前になっていくこの方式を、イベントとして行われた。
ソーラーコバも建築学科の全学生の前で作品の説明をおこなった。会場の客席は舞台に向かってすり鉢状で、客席から見下ろした作品の印象は、屋根に乗ったソーラーパネルが亀の甲羅のようで、今にも動き出しそうな建築に見えた。その後、先生方の批評がはじまり「あ・・・」。ヒゲの先生がステージで強烈なコメントを話しはじめた。入学間もない頃に喜志駅のバス停で声をかけられた美術の先生と思われたヒゲの男性だ。その先生は形態について、厳しいコメントを連発する。幸にもソーラーハウスは形態について絶賛された。採点方法は100、50、0点の3段階である。「何をしたいかが見えるものに50点、更にかたちが面白いものに100点を付けた。」と明解な採点理由の説明があった。しかし当然学生からは「何だあの先公ー」と非難が殺到した。なぜなら50点は赤点だからだ。このヒゲの先生が築間陣先生である。
ソーラーハウスは2位を獲得し、ソーラーコバは「模型は万吉のお陰だ」と誉めた。万吉は模型の出来栄えに満足していなかったが悪い気はしなかった。その後、彼は数人の4回生から声を掛けられ、年末に複数の卒業制作を同時に手伝うこととなった。当時流行の先端であった「エアーブラシの名人」と煽てられて絵を描いた。もちろん模型製作も手伝った。幸にも万吉の関わった全作品は、上位8作品に与えられる学科賞に入選し、先輩方から感謝された。
(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在していたものも含まれています。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)