日曜の連載17

2019年9月15日 /

 築間ゼミはグランプリ及び学科長賞を高得点で独占し、更にその他の同ゼミ生のほとんどが学科賞に輝いた。
 この時期、築間先生はイメージチェンジを計られた。元々の体格はアメフト選手のガッチリした印象で、髪型はビートルズカット、風防付きのコートを着た絵描さんタイプであった。ところが突然、髪の毛を短くカットし、スリムな体形に黒の革ジャン革パンツ、アメリカンタイプのナナハンで卒業制作展の会場に登場され、学生のみならず、他の先生方をも驚かせた。当時のビートルズヘアーは奥さんがカットしていたと訊いていたが、今回の髪型は美容院でカットしたそうだ。普通の客は希望する髪型の説明に、雑誌の切り抜きか芸能人のプロマイドを持参するのだが、先生はその場で似顔絵を描き、髪型を書き込んで美容師に指示したそうだ。今になって、その時の伝説のスケッチは何処に・・・・。
 卒業制作が終り、万吉は早々忙しくアルバイトに明け暮れしていたが、卒業式には出席した。入学式や卒業式、成人式等々、式典に興味はなかった。万吉の両親は、彼が絵画展やスポーツ競技等々で金賞や優勝の賞状を持って帰るより、遥かに卒業証書を喜んだ。何故、誰でも貰える紙切れを喜んだのか。おそらく、母親は子供が世間で評価されることよりも、健やかに成長することを望んだ。当の本人にとって「誕生日や卒業や成人などは日時を重ねれば必ず来る」と思っているが、母親にとって節目を確認していたのだ。
 成人式にこんな出来事があった。自身は式に出席の予定もなく、高校時代の同級生が出席する他の会場に車で乗り付けた。親が付き添って来ているのを見て「成人にもなって目出度いことだ」と鼻で笑った。そんな光景の中で、母親たちが同じ表情をしていることに驚いた。心配そうで、嬉しそうで。娘の晴れ着のことではない。娘の成長を喜んでいるのだ。万吉は急いで帰宅し、ネクタイを1本持って「成人式に行ってくる」と母親に告げた。そのとき母は、先ほどの母親たちと同じ表情をしたように感じた。式典に出席することはバカ息子が考えつく唯一の親孝行であった。
 万吉は進路について、以前に築間先生から「何処に行きたい(設計事務所の事)」と訊かれたことがあった。彼は、白井誠一か宮脇壇のアトリエと言いたかったが丸角鬼城をお願いしますと言ったことがあった。そんな事を先生は覚えて頂いているはずもなく、卒業を前に「どうするんだ」と訊かれ「1年浪人します」と答え「よし解った」となぜか了承された。浪人の事情は、3回生の時に車の事故で多くの借金を残していたのだ。とにかく1年間浪人することを築間先生は納得した。そして次の夏、「借金は返したか」と心配して頂き「何時から来るんだ」と訊かれ「予定通り4月からお願いします。」と答えた。帰りの車の中で、東京の事務所ではない。「京都で良かった」と内心ほっとした。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

SHARE THIS

ブログ一覧へ

RELATED POSTS