(再開)日曜の連載 25

2020年1月19日 /

 万吉は誉められることなく相変わらず、体力と根気の日々をおくっていた。そして外出時のカバン持ちを指名されることはなかった。
 そんな秋の徹夜明けに先生は2階から降りてこられ「この現場は万吉でいく」と伝えた。この現場とは、福多満さんがチーフを務め、事務所のスタッフ総動員で実施図面作業にかかっていた、修学院の住宅である。もっとも築間事務所の仕事の状況はと言うと、他に仕事はなかったのでスタッフ総動員なのだ。福多さんがメイン担当で万吉はサブである。「なんで万吉だ」と先輩方の不満の声が飛び交った。
 地鎮祭に出席した。前日の夜に酒を飲みながら「玉串奉奠を知ってるか」と先生から訊かれた。当然知らない。酔っぱらいながら「二拍手二礼」だと言う。練習もさせられた。しかし本番は「二礼二拍手一礼」である。見様見まねで場を凌いだ。今ならインターネットでたやすく調べられるのだろうが、当時は神事の書物で調べることが妥当だったのだろう。しかし、普通は先輩が教えてくれる程度のことだ。
 先生は図面を「抱いて寝ろ」と言う。抱いて寝た。
 工程が3日遅れた。先輩に相談すると「それはえらいことだ」と言う。施主に報告すべきだと指導される。施主に報告し、謝った。特に問題はなく、先生にも報告した。先生は「建築を辞めちまえ」と大きな声で怒鳴った。工程監理の話しではない。施主に謝ったからだ。
 施工図をチェックする。何をチェックするのか解らないが、とにかく他の施工図を見て色分けをする。ルールを決めて美しく仕上げた。
 水締めを行なう。教本には、地面に水が浮くまで水をまくと書いてあった。現場監督が必要ないと言うが大量の水をまかせた。次の日、工事が出来なくなった。
 コンクリートを打つ。先生に頂いた地味なスーツを着て、ネクタイを締めて腕を組んで、舐められまいと突っ張って、捨てコンのスランプを測らせた。
 コンクリートを打つ。木槌で型枠を叩く。竹でコンクリートを突く。階段を叩いて突くと、コンクリートが流れて止まらない。職人に蹴飛ばされた。
 コンクリートを打つ。職人が煙草の吸い殻をコンクリートの中に捨てる。クビを掴んで拾えと言うと、殴り合いの喧嘩になった。コンクリートまみれである。職人は誤ってきたが、私は誤らなかった。
 毎日が一夜づけの試験勉強の様だった。学生時分の施工等の本を引っ張り出して、徹夜で勉強して次の日に実戦である。大学で「施工」という授業があった。サボっていたわけではないが全く役に立たなかった。
 施主の奥さんとキッチンの打合せを行なった。その場でスケッチをして説明する。奥さんも意思を伝えようと絵を描いた。見事なパースだ。その後、万吉はこの奥さんの前で絵が描けなくなった。
 暴力団風のおじさんが現場の前にトラックを止めて嫌がらせをする。監理責任者として、トラックを退けろと啖呵を切った。現場監督と一緒に事務所へ連れていかれ親分風のおじさんに「先生、お手柔らかに頼むわ」と言われ、サントリーのリザーブを持たされた。断ると刺されるか、琵琶湖に沈められそうだったので、頂いて現場の職人と飲んだ。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在していたものも含まれています。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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