日曜の連載29

2020年2月16日 /

 万吉にとって2つ目の担当が壊れて間もなく、同じ道沿いで2つの建築を同時に設計する、そんな珍しい依頼が舞い込んできた。その一つを万吉は単独で担当する事になった。
 施主は歯科医師である。親子代々歯医者さんで、兄弟もそれぞれ開業しているそうだ。噂では相当に腕がいいらしい。
 この仕事は最初から躓いた。第1種住居地域で3階建てを提案。当時、確認申請の受付は消防署で行われた。いきなり聞きなれない手続きの質問を突き付けられた。「中高層申請を行なったか」。事務所に帰り先生からは叱られる。しかし、中高層申請なるものは先生をはじめ先輩方も初めて耳にするものであった。次の日、この住宅は2階建てに変更されて無事に受付を完了した。当初の3階はロフトとして天井を低くした。施主はトレーニングルームを欲しがった。窓のない半地下に倉庫がある。違反ではないが、随分と都合の良い法解釈をして行政を説得した。
 現場では、大工さんと十分に話しをした。デザインが重なっていて、形が解らないと言われると、徹夜をして模型を作って次の日に説明する。目地を確認するために現場で大きな模型を作って、みんなで確認した。常駐監理ではないが、毎日現場に通った。しかし、見落としもあった。ブロック塀を積む時に鉄筋を確認しなかった。この事を施主に指摘された。先生に報告すると「誤りに行け」と指示が出る。夜の10時に玄関先で頭を下げた。
 ブロック塀は取り壊され、新たに施行された。因みにブロック解体に立ち会い、鉄筋を確認したところ、正確に施行されていた。
 引き渡し後、新居に招かれ「勉強になりましたか」と訊かれたが答えなかった。「資格をもっていますか」と訊かれ無いと答えた。「医者は免許がないと患者の治療をしてはいけないが、建築は無くても設計ができるのですね」と建築を軽視した言い方をされた。ブラックジャックは無免許医だ。更に丹下健三も資格はなかったと聞く。高橋てい一先生は特級建築士だと言っていた。建築家に資格は必要ないのだ。万吉はこの時「資格などは持っていない方がカッコイイ」ぐらいにしか思っていなかった。建築は芸術作品だと教えられてきたので、無理はなかった。
 医療の場合、医師がしなくてはいけないことや看護師が出来ることなど、細かく決まっていると聞く。建築士法では、管理建築士の責任の下で、資格のないスタッフがほとんど全ての仕事を行っても問題はない。更に、国家資格が無縁なところで「建築家」は存在し、国家はそれに触れることなく黙認している。不思議な国だ。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在していたものも含まれています。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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