日曜の連載番外編【たった一人のキャンディーズ】

2020年3月1日 /

日曜の連載番外編【たった一人のキャンディーズ】

  (ご覧の写真はコンサート終了時に撮影許可のアナウンスが流れたので撮影しました。)

 万吉とキャンディーズの出会いは高校生時代まで遡る。彼が進学した高校では、芸術の授業が選択制で、音楽と美術のどちらかを選択することになっていた。彼は図画工作を得意としていたので美術を選んだが、しかし残念ながら入学すると音楽のクラスに回されていた。前もって望み通りにならない場合があることを聞かされていたので仕方ない。とは言へ、全12クラスの内の美術が3クラスで残りが全て音楽とは、競争率が高かったのだと改めて諦めた。特に美術に執着したわけではないが、音楽に対しては若干不安だった。新学期早々の音楽の授業で、ギターを学ぶことを聞かされた。そこで万吉は、両親に高校入学のお祝いとしてギターをリクエストしたのだ。当時、白いギターがカッコイイと聞かされていて、音楽雑誌などで白いギター1万円の広告が目に止まった。学校の先生に相談すればよかったのだが、当時から万吉は雑誌や教本など自分自身で調べる我流タイプだ。分からないことがあったとしても他の人に相談することは殆ど無い。結果、Y社の2万円程度のギターに落ち着いた。色は白ではなかった。買って直ぐ熱心にギターを練習することもなかったが、学期末の授業の中で演奏会が予定された。クラス内の親しい者同士でバンドを組み、ギターやピアノなどの音楽室で調達できるもので演奏する。軽音楽部の連中はエレキギターやドラムを持ち出して、ちょっと特別な演奏をした。彼の属するバンドの演奏する楽曲は、古時計の「ロードショー」。バンド名は「砂時計」に決まった。彼はこの時、ロードショーでは縦笛とギター、他の曲でピアノを担当。実に記念すべき、初舞台であった。因みに、他のバンドで強く印象に残った楽曲は、チューリップの「心の旅」、風の「ささやかなこの人生」、イーグルスの「テイク・イット・イージー」。シンガーソングライターが芽を出した記憶はない。この演奏会を切っ掛けに、陸上競技のクラブ活動と並行して音楽が楽しいと思いはじめた。
 学年も3年になった学園祭で、彼は全校生徒が注目する舞台に立つことになった。バンド名は特に決めなかった。演奏曲は、リーダーのボーカル兼ギター担当がアリスの熱狂的なファンで、当時の新曲だった「涙の誓い」を決めた。シンセサイザーを操るピアニストがオフコースに夢中で「眠れぬ夜」がメニューに加わった。これにイーグルスやオリジナル曲が選曲されて、なんだか何でも有りの、まとまりの無いステージになった。客席の反応も記憶に薄く、未熟が積み重なった、苦い思い出となった。
 ところがこの学園祭で奇跡を目撃した。クラスの女子3人が「キャンディーズをやりたいからバックバンドをしてほしい」とリクエストがあった。なんとなく付き合いで参加したところ、客席が総立ちで、紙テープが飛び交い、ガンガン盛り上がった。万吉にとって、当時のキャンディーズとは、爆発的なヒットは無く「8時だョ!全員集合」のアシスト役でドリフターズの後ろに付いて、舞台を走り回っていた3人組のアイドル、だった。それがすごい人気ではないか。後にレコードを借りて聞くと、すでにヒット曲を多数持ち、ビートルズやオリビアニュートンジョンのカントリーソングをカバーしていたりで、意外と良いじゃないか。ところが万吉がキャンディーズの人気絶頂にたどり着いた頃、同時に彼女らの解散宣言にもたどり着いた。3人の誰のファンとも言うことなく、万吉にとって、生涯応援する最後のアイドルとなった。後の大阪フェスティバルホールの解散コンサートでは、2階席の最前列に万吉の姿があった。
 時は44年が過ぎ、キャンディーズの一人が音楽活動再開、CD発表、全国ツアーが予定された。そして、愛知県芸術劇場大ホールの2階席に万吉夫婦の姿があった。周りはおじさん、おじさん、おばさん。場内は撮影や録音の禁止、物を投げることの禁止も放送された。当時、哀愁のシンフォニーのサビの部分では、前が見えないほどの紙テープが飛び交ったことを思い出した。新しい楽曲からスタートして「ランちゃ〜ん」の声が飛ぶ。コンサートの中盤からキャンディーズのオンパレードになった。やはり盛り上がり方が違う。一番驚いているのは、演奏しているバンドとコーラスだろう。学園祭の万吉のように。キャンディーズの曲が始まってから、止まることのない涙に、体が懐かしく喜んでいることを感じながら、最後まで口ずさんだ。アンコールの最後は、この世を去ったメンバーの作った楽曲が選ばれた。会場のペンライトがブルーになった。コンサートツアー名が My Dear Candies 。「私だけではなく、みんなのディアー・キャンディーズです」と、たった一人のキャンディーズは語った。そんな目の前のステージのアイドルは、頼もしくカッコよかった。
 このコンサートに行こうと言ったのは万吉の奥さんだった。ホールの扉を出た時、彼女は「満足ですか」と背中越しに声を掛けた。彼は「大満足」と答えたが、前を向いたまま奥さんに感謝した。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。)

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