日曜の連載32

2020年6月14日 /

 愛知県で成功した実業家は「豊田佐吉とつばき屋の夏木さんだ」とこの町の誰もが口を揃える。つばき屋さんは、京都の和服をメインに、ブティックや貴金属宝石等のアクセサリー、バッグなどのショップも営んでいる。その夏木氏は、築間先生の初期の作品で建築家協会新人賞に選ばれた西陣織の帯屋さんの本社社屋を気に入られて設計を希望されたようだ。この帯屋さんの社長は日展の委員もされ、京都の芸術振興に多大な貢献をされている。その方の紹介でもある。
 万吉の実績は、住宅2件、事務所ビル2件、テナントビル2件。仕事の段取りや予算調整も経験し、なんとか現場を仕切れるようになった。最も、中味はまだまだだが態度だけは一人前であった。
 道頓堀の設計の後にもかかわらず、先生は細かいディテールのスケッチを何枚も描かれた。万吉は設計担当というものの、そのスケッチを実施図に清書するドラフトマンでしかなかった。その後、施工会社が見積もりを行うのだが、万吉の描いた実施設計図では複雑な造形を理解できず、先生のスケッチは大いに活躍した。
 施工者は敷地の斜め向いに本社を構える地元の工務店が選ばれた。部長が、常に打合せに出席する。専務が、コンクリート打設後のレイタンス除去を仕切る。因みにレイタンスとは、コンクリート打設してしばらくすると、表面に水とともに浮き上がってくる微粒子のことだ。それを通常は高圧洗浄機や研磨機を使って除去するのだが、この当時は金属ブラシで処理をした。更に社長が、西尾名物のエビ煎餅を自ら買いに行き、帰り際に持たせてくれる。社あげての工事であった。万吉の思いに応えてか、施工図は工務店始まって以来の量が描かれた。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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