日曜の連載35

2020年7月5日 /

 この仕事の本当の魅力は、工事金額でも設計料でもない。築間陣のインテリア・デザインを経験出来た事が最大の魅力であった。万吉は前作品のつばき屋本社社屋で美しいインテリアを経験し、そして全てを学んだと錯覚していた。この仕事の魅力の1つ目は築間インテリアである。実はインテリアと言っても築間陣のそれは建築であって、商業インテリアと随分と違った。
 2つ目は店舗の総合デザインである。家具は当然、紹介者のU氏。従業員ユニホーム等のデザイナーでM氏や、カラーコーディネーターのK氏、チラシや広告等のグラフィックデザイナーのI氏、壁に飾る絵画や壺等の置物のコーディネーターも動員しての店づくりだ。
 3つ目は手強い施主。彼はホテルマン仕込みだけに、客のサービスについて、一流である。ジュウタンの毛足の長さと密度には執着が強く、多くの見本を取り寄せて歩いたり、スープやワインをこぼすなどをして試験を重ねた。石材を磨きで使う場面では、写り込みをチェックした。彼は「設計の先生は作品をつくる目は素晴らしいと思います。けど、お客さんの目はわたしらの方が上ですからね。」とわざわざ語った。これは万吉たちへの心配りで、うるさく言うが、気を悪くしないようにとの事だった。金属の素材、レバーハンドルやヒンジ等の金物、塗装の塗料など、必ず万吉と意見交換を行った。従業員の行動、家具、食器、装飾品、全てが訪れる人へのサービスであった。特に椅子について、築間事務所の提案が却下された。理由はこの椅子は建築でないという。彼は椅子を建築と言う。背、座、脚、夫々の機能ががっちりと構成され、しっかりとデザインされる事を好んだ。彼は、店舗設計はファッションではない事を、建築を持ち出して主張していたのだと理解した。万吉は再度提案し施主と価値を共有した。とにかくお客さんへのサービスからブレることなく、アメリカをこよなく愛するクライアントであった。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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