日曜の連載36

2020年7月12日 /

 仮称ダラス倶楽部の施工者は匿名で、新宿に本社のある工務店に決まっていた。そして空調や電気工事の業者はメンテナンスの関係で施主の他の店舗も施工してきた設備業者を指名。内装に関してもインテリアやイベントを専門とする内装専門業者が匿名であった。分離発注なので本来はこれらの業者を設計事務所がまとめるのだが、匿名の条件で建築工事の現場所長がこれらの全てをまとめることになっていた。
 着工前に近隣説明会を行った。施主の担当者は事前打ち合わせも無しに「なんとかなるでしょ」とひょうひょうとしている。説明会がはじまると同時に、建築の話などそっちのけでお店のイメージとメニューと料理の料金の話をする。まるでお店の営業のように聞こえる演説の終盤に「オープン前にみなさんを招待してご馳走させていただきます。」と言うと会場が騒ついて、みなさんの顔が嬉しそうに見えた。「ご質問は?」「住宅側に窓はあるのですか?」万吉が説明しようとすると止められ、彼が続けて話す。「換気のために窓はあります。みなさんの物干し場の方を見るような窓はありません。お店から生活感が見えると、高いお金を頂けませんから。」と言うと、会場に笑いの声が飛び交った。結局、万吉の出番は全く無く、近隣の皆さんはオープンを楽しみに帰って行った。

(本作品はフィクションであり、登場する人物・団体名等はすべて架空のものです。但し、作中で言及している物語の背景の建築や建築家等の人物や団体名は、現実に存在していたり、または過去に存在しておりました。また、原作は2004年4月刊行の「退職届」です。)

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